不登校は理由がなんであれダメだと思う。
学校というものはそれぞれ目的があって特に義務教育の小学校、中学校では道徳の時間があったり初歩的な国語の勉強をするなど社会で最低限必要なものをおしえている。その最低限必要なものを身に付けないで社会に出てくるのは自分にとっても生きずらいし回りにも迷惑をかけてしまう。だから不登校はダメだと思う。
社会に出る上で必要なことを不登校でも独学で身に付けているひとがいるかも知れないが割合てきに考えて身に付けていない人が多いから。
学校に行っていても身につけていない人がいる。ということもあるけどそれもやはり割合的に考えて身に付けているひとが多い。
特例、つまり少数派の状態をすべて追うのは不可能だと思う。
才能があれば、家で勉強できれば、親がある程度金持ちであれば
そんな条件のもとで生まれた子供なら、不登校だとしても
社会に出たとき苦労する可能性は低くなると思う。
ただ、問題はこれらの条件がすべて逆だとしたとき。
まあ、本人に自身を変える意思があって、それが強かったり
より良い成果を求めたりする人ならきっといい線いくと思う。
「不登校」の何が悪いのかよくわからん
支出を減らすメリットあるじゃん
働かずに借金してるのなら、家賃とか削減する為に実家の方がいいと思いますけど
"よい"ってもちろん社会として許すべきって話だと思うからその前提で進めるね。登校と不登校どちらがよいみたいな話だったら自明だと思うから。避けた方が良いものだけど学校の人間関係疲れとかいじめとかからの1つの逃げ道として全然許容すべきだし咎めることではないんじゃないかな。
「良く」は無いかな。
学校でやってけれなかった人は社会に出て(ここでは普通の企業で働くことを指す)も長続きはしない。
でも何千万人という学生の中には学校というシステムが合わない人が当然いる。
だったらそんな自分に全く適さない場所で苦しみながらやって行くより、その場所から抜け出して自分にとって居心地がいい場所でのびのびとすればいい。
芸術の才(音楽や美術等)があるなら家や専門の予備校等へ通ったりして作品を作り、学生のうちから活躍するとか。
プログラミングスクール等に通ってプログラミングを学び、アプリケーションを作ったりしてプログラマーやSEを目指すのもいい。(学歴がものをいう社会だけど 個人事業だったら技術があればどこまででも行ける)
とにかく、「何もしない」のは絶対に駄目。
世の「クソゴミニート」と呼ばれている人らは何もせず日々淡々と「時間を過ごしている」だけ。
ニートだからなんだ、不登校だからなんだ、『活躍』すればなんら問題ない。
学校へ行ったり会社へ行くことが全てじゃないからね、自分に合った道を進めばいい。
なんて言ったけど先の見えない道を進むのは怖いよね。
今まで書いたのは知り合いの話だけど、自分は学校へ行くのが辛すぎて 朝起きる度に吐き気出てたけど、成績を落としてお先真っ暗になるのが怖くて毎日登校中涙を流しながら登校してた。お陰で危惧していた状態(進学先も就職先も底辺のしかない…みたいな)にはならなかったけどね。
なるべく不登校はしない方が良い
ただ、それでもメンタル的にやられてる人も多いのが現状で、それをなんとかする為にカウンセラーがいる。出来れば学校には来て欲しいよね
勉強の為とかじゃなくて、学校を卒業したと言うのは自分を食わせていく上で役に立つ事だし
教育ちゃんと受けられなかった世代がゆとりとか言われて今も問題になてっるんじゃん
現段階で教育ちゃんとしないと不都合起きるってわかってるのに不登校(通信制とかは登校とみなして)を許容する神経がわからない
世の中には面倒くさいと思う事も
自分がダメだなぁと思う事も
自信がない事もある。
辛い時、怖い時は目の前のものから
逃げたい時もあるでしょう。分かるよ。
だけど、なんでもかんでも物事から逃げてばかりだと人はダメになる。
負けてばかりや逃げてばかりでも少しでも
変えようとしていく事が大事だと思います。
だからまずは、これなら自分にも出来そう
と思う事から始めてみれば良いと思います。