>>80
空想上で物事を語られてもナンセンスとしか言いようがありません。かもしれない、分からない、という言葉を多様して何でもありの暴論が出来上がっているではありませんか。
例えばピタゴラスの定理ですが、数そのものが無限であり、それら全ての数を1つ1つ代入して確かめたわけではないのに、なぜあれが証明された正しい定理だと言えるのでしょうか。あなたの理論で言うと、ピタゴラスの定理ですらも、いつかどこかで成り立たない数の組み合わせに出会うかもしれないから、正しいとは言えないと言っているのと同じです。
>分からないゆえにNO(非)であると結論出してるからw
誰が元の命題に対して”分からない”と結論づけているだなんて言いました?
宇宙を有限か無限かに区別できない、というのが、かもしれない、分からない止まりだと申し上げているんです。
読んでいないのはあなたの方でしょう。
そうそう
ちなみに電子の性質である粒子性と波動性の相反する性質の辻褄を合わせるためにコペンハーゲン解釈っていう常識外れな解釈を科学者はしてるよ。
簡単に言えば、観測する前までの電子一粒はどこにでもある(多重に存在する)状態であり観測した結果位置が決まるって感じ。 詳しくは調べてね
これは粒子性と波動性を定義付けて実験した結果矛盾が生まれ、ヒトの感覚ではそう解釈することくらいでしか説明のつけようがなかったがゆえの常識外れな解釈なの。
そしてこの粒子性と波動性は例えるなら有限と無限だよ。 相反するという面でね
でも粒子性と波動性が両立しているのは観測結果からして事実。
だから無理矢理『可能性として多重に存在する!見ることで決まる!』という解釈を持ち出すことで収まりをつけてる。
相反する事象や状態が両立している事実があるのに、相反するものは有り得ないと頭ごなしに否定するのは個人的にいかがなものかなあと思いましたね。
>>83
さっきからはっきり申し上げているではありませんか。どうせどこぞのスレの時みたく、1行目しか読んでいないのでしょう.....。
>>87
いいや違うよ。
定理や公理は確かにある一定の地点で論理を投げ出すけどそれは責めない。
一定の地点まで論理性が確かなら利用するのに便利だから。
宇宙の果てもさきにあるようオルバースパラドックスであったりの予想は為されてるのね。
大体こんくらいでけぇ!とか果てはこんくれぇのとこ!とか。
そういう予想は、まあ偉い人が言うくらいだしそうなんだろうなーくらいに思ってる。
でも予想は予想で真実じゃないんだよ。
なんでもありの暴論は、そういった予想や予測を鵜呑みにして『分からないのはおかしい!』と言うキミさ。
宇宙の果ては分からないことこそが真実。
まだタフネスバトルする?
ああそうなの、じゃあちゃんとそう書いてね。
ではまずキミに宇宙が有限か無限か証明してもらいましょう!!!
分からないで止まっている私の背中を押してください!!!!
大体、空想的に物事を語るのがナンセンスなら『この世のあらゆる事柄は是非に分類出来るか否か』もナンセンスだろぉ…?
是派はこの世のあらゆる事柄を分類しなきゃ空想のお話だぜ?
もうテーマ投げ出してるし、タフネスバトル仕掛けてきてねぇかこれw