吹けよ風、呼べよ嵐!
はじめに、河本準一がピクンとしました。吹雪と馬も呼応するように何かの足音が近づいてくるのを感じました。
ひとりやふたりじゃない…大勢、いや、これは千人とか二千人というようなレベルではないぞ!!
黒縄地獄の畏鷲処の獄卒たちが、凶悪な笑みを浮かべながら追いかけてきています。
「こっちだ、急いで!」よしおが叫びました。
霧雨号は蹄を踏み鳴らし、河本準一は不安げな笑顔を浮かべながらも大胆な行動を起こすことを秒で決めました。
彼は突然、自分のズボンとパンツを脱ぎ捨て、尻を剥き出しにしたのです。
「おい、早く! はよ、はよ!!」と、河本が必死の形相で叫びました。「パペ、サターン、パペ、サターン、アレッペ」
「何をやってるんだ、あの男は……?」「さあ、何だろう……」何万という獄卒たちがざわめきながら近付いて来ます。
そのざわめきは、巨大な怪獣の唸りにも似ていました。
すでに吹雪を背中に乗せた霧雨号は稲妻のようなスピードで走り出していました。
よしおは筋斗雲に乗って二人を誘導する。河本はまだ一歩も動いていません。
獄卒たちがすぐそこまで迫っていることは明らかでした。そして、多くの獄卒が河本の下半身丸出しの姿に気付いたようです。
河本の顔に緊張が走る。獄卒たちの歓声が上がり、怒りに満ちた罵声を浴びせられる……。
その時、 ボンッ!!! と、いう轟音とともに、辺り一面が黒い霧に包まれ、河本はつぶやきます。
「攻撃、終了…」
なに!?獄卒のひとりが叫びます。「まずい、俺たちすでに攻撃されているぞ!!」
瞬間、何万という獄卒のほとんどが凍りついたのです。現れたのは、地獄の最下層で下半身を氷付けにされているはずのルシファー、またの名をサタン、ベルゼブル (Βεελζεβούλ)。
「西洋の妖怪だ!!」
残った獄卒たちは恐怖に叫びました。いちはやく安全な距離まで避難した吹雪、馬、よしおは、小高い丘の上からこの様子を見ていました。
「あれは、地獄王ルシファー…どうなってるんですか?」
「さあ…」よしおはおしっこを漏らしていました。
地面がメキメキと割れ、巨大なコウモリ状の翼をもったルシファーが現れた。
全身から冷気を発している。その目は赤く光っていた。
獄卒たちが次々と凍っていく。
「くそっ、このままじゃ全滅だ!」
一人の獄卒が叫ぶ。だが、その獄卒が次の標的になった。彼の両足は凍りついていた。さらに数人が凍った。
もう動けるのは、二、三人の獄卒だけだった。
「ぜ、全滅?何万もいる黒縄地獄の獄卒が…全滅?3分もたたずにか?」
この状況を浄頗梨の鏡で見ていた閻魔王庁の閻魔大王は驚愕した。
「ば、馬鹿な……こんなことって……」
「恐れていたことが現実になってしまった……」
第一補佐官の鬼灯は冷静に分析する。
「これが西洋地獄最強の悪魔、地獄王ルシファーの力なのでしょう」
「うむ、まさかこれほどとは……」
閻魔大王は言葉を失った。
「ふふふ…異世界の者どもよ。お前たちの罪深き魂が、氷の底に凍りついて朽ち果てるのを見せてやろう」ルシファーの声が、寒気と共に響き渡りました。
吹雪、馬、よしおはその光景を見つめながら、絶望感と恐怖に支配されていました。彼らもルシファーの力の前には無力であることを痛感していました。