>>167
僕は最初、君のレスを読んだ時「あるいはそうかも知れない」と思った。
けれども、まるで喉元にしこりでもできたかのように、それを言葉に出すことはしなかった。
数秒考えて、気付く。
「文体の話、ありき」
違和感の正体に気付いた僕は、ほとんど瞬間的に一匹の猫の幻影に囚われた。
その猫は陽光か差し込む和室の畳で、器用に両の足で立ち、僕を一瞥するとほぅと息を吐いた。
疑問に思った僕は猫に対し「どうして僕を見て息を吐いたんだい?」と尋ねた。
猫は「さて、どうしてだろう」と答えた。
「僕に問いかけているのかい?」
「いや」と猫は言った。「では、僕は君に落胆して息を吐いたとしよう。そして君はそうやって予想した。これが前提条件だ」
「前提条件」
「そのとおり。けれども君はもう一つの予想を立てていた。なんでもいい、例えば僕が君の到着に安心したという予想だとしよう」
「それで」と僕は急かすように相槌をうった。
「いいかい、君は落胆の息だと予想して、その旨を僕に伝えたとする。その後で他に考えられる可能性を挙げて、もしこうであるならこうだと言える、と言うことは何もおかしくはないのさ」
「それは今の話かい?」
「そのとおり」と猫は言った。「文体の話ありきで話を進めて、後に他の可能性を示すことは何らおかしいことではないんだ」
猫の瞳には、まるで決められた作業を黙々とこなすように迷いはなかった。
「君は、僕が正しいと、そう考えているんだね?」
「どうだろう」と猫は答えた。「僕は実際のところどちらでもいいと思っている。でも君が正しいと思うならそう思えばいいし、思わないのならイギリス人に混ざってフィッシュチップスでも食べていればいい。あるいは右手の恋人と逢瀬をしているか」
「あいにく僕は左利きなんだ」
「知っているよ」猫は当然のことのようにいう。「君にまつわることなら何でも僕は知っている、なんでもね」
「僕は自分が正しいと思ってみることにするよ」
「そうかい」猫は特段興味が無さそうに答えた。「好きにしたまえ。どうせ君の道だ」
「ありがとう」
僕は決意を新たにすると、胸ポケットから最後の一本だったマールボロを取り出し、火をつけた。
2年後、僕は冬のナポリに居た。
現地人と思しき女が、しげしげと珍しそうに僕を眺めてから、尋ねた。「何をしているの?」
「なに、正しさを探しているだけだよ」
僕は言った。