ガイジという言葉が障害者を貶める文脈で多用される中、障害者がその言葉で傷つけられるから使用すべきでないという話。つまり言うほうの個々人が差別する意図を持っているかではなく、言われた側が傷つく言葉だからダメなんだよ。
ガイジという言葉の使用が法律で禁止されているわけじゃないでしょ。ひとつの学校の校則というレベルでの使用禁止なら、そこに合理的な理由があるかぎり表現の自由の問題にはならない。
昔、公立の中学生の頭髪は男子は丸刈り強制だった。でも、丸刈りにすることで気合いを入れて勉学に集中できるとかなんとかの理由付けが合理的と認められなかったから、今ではそういう校則はダメになっている。しかし、差別語を禁止するのは道徳的あるいは教育的な、合理的理由があると社会通念上認めていいだろう。
お前ら偉そうに色々と語ってるけれど…^^
何故?障害者を差別したら…いけないのか?
ちゃんとそのあたりを具体的に説明出来る奴居ないだろ^^
その根本的なものが理解納得できないまま…一方的に押し付けられる様なら、また新たにガイジに代わるニューワードが生み出されるだけだろ^^
>>51
>障害者を差別したら…いけないのか?
道徳の話 人を傷つけたらいけません
法律の話 法の下の平等
現実の話 差別で精神的苦痛を被ったとして訴えられたら裁判で差別した側が負ける
>また新たにガイジに代わるニューワードが生み出されるだけだろ^^
その通り。言葉を規制しても差別意識が消えるわけではないから、ニューワードが生まれる。それを禁止してもまた生まれる。いたちごっこ。
なので短期的には直接相手を傷つける用語を使わないようにしながら、同時に長期的視点で差別意識そのものをなくしていく教育も必要。
まあ差別問題というのは例えていえば難病のようなものかな。
差別用語で傷つく人がいるから言葉を使わせないようにする。これは難病に鎮痛剤を使うようなもので、根底治療にはなっていない。言葉を制限して一時的に「痛み」を消しても差別そのものは消えない。
差別そのものをなくすことはそう簡単なことじゃない。難病を治すには非常に時間がかかる。根本的な治療は時間をかけて一歩ずつ進めていく以外に方法はない。その間、その場その場をしのいでいくためには鎮痛剤も必要になってくる。
そもそも障害者差別を無くしたいと思ってる健常者がどれくらいいるかって話だよね
人類の半分が障害者になっても無くならないってかむしろ加速する
>>54
私は無くなってほしいと思ってるよ
今は健常者だけど人間いつ自分が事故や病気で障害者になるか分からん
まーそんな素晴らしい人も中にはいるのだろうけど
障害者自身は障害者差別を無くしたいなんて思ってないだろうね
障害者差別はなくすべきだが一定の区別は重要
普通学級と特別支援学級の別などがそうだけど
>>57
差別はなくすべきだけどもちろん障害に応じた支援をするための区別は必要だよ
特別支援学級(特別支援学校)なんかが無いと障害児にはすごく苦痛だろうし
そもそも「ガイジ」という言葉はネットで再燃したバズワードだけど
10代が社会的弱者を貶めたがるのには明快な動機づけがあって
つまり周囲に競争社会の厳しさを説かれ続け財産をできるだけ蓄えろと教え込まれた結果
経済的生産性の少ない立場の人間(高齢者や重度障害者)を蹴落とすことで
競争相手を可能な限り減らそうという安易な生存戦略を思いついただけなんじゃねーかな
疾病や老化で自分が衰えてくると急に手のひら返して
命は金に替えられない!的な温情主義を標榜し始めるから
個人的にはニヒリズム突き通して死ねって思う
差別を無くせということは人類を滅ぼせと言っているようなものではないかな
ことキリスト教徒がこんなことを言うのも変かも知れないが、人が人である以上差別を無くすことは出来ないだろう
戦争が無くならない理由とほぼ同じ
>>58
言葉が足りなかったわ
精神障害者の中には自分が差別されてるのに気づかないのが結構いるんだろなあってこと