北方謙三スレッド

1代表
2024-09-24 17:24:20
ID:kJIrOE5M

さあ!


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2代表
2024-09-24 17:24:49
ID:kJIrOE5M

とりあえずソープ行け!

3レッドホットチリペッパー◆L4SrRSQs5w
2024-10-22 11:19:59
ID:RSfikWjg

強姦されて分かったことを書く

大した金も持ち歩いてないし飲んで酔って外で寝ていたら強姦された。
シラフなら抵抗できただろうが、泥酔していて為す術もなかった。
最近になってやっとショックから立ち直ってきたので書く。

1。抵抗する気とか起きない

暴力で屈している状況から、抵抗してもっとひどいことをされるのではと思うと、何もできなくなる。
助けを呼ぶ声も出せなくなる。

2。事を荒立てる気にならない

数日間はショックで頭が働かなくなる。
警察に相談する気力なんて出るわけがない。
レイプは表に出ないことが多いのも分かった。

3。警察も親身になってくれるとは限らない

私の場合は、やっと気力を奮い立たせて警察に行ったのに、真面目に対応してくれなかった。
犯行から日が経っていて物的証拠も何もなく、証言も曖昧となると、門前払いに近い形で追い返された。
もはや泣き寝入りする形になった。

4。男でも襲われることがある

私のような毛深い100キロオーバーの40代男性でも油断ならない。
これが一番の驚きだった。
特殊な趣味の人間はいるので、誰しもが被害にあう可能性がある。
他人事だとは思わないようにして欲しい。

4名無しさん
2024-11-19 16:38:50
ID:N.v.Zaa.

中大在学中の1970年、純文学作品『明るい街へ』を同人誌に発表。同作が雑誌『新潮』編集者の目に留まり、学生運動でバリケード封鎖中に来訪を受けて転載の了承を依頼された。

1970年3月号に掲載され、学生作家としてデビューを果たす。1973年に同大卒業。PR誌の企画スタッフや肉体労働をしながら小説執筆を続ける。

デビュー時は「大江健三郎以来の学生作家」「天才」と『新潮』編集長に称賛されたが、その後の10年間は100本書いて雑誌掲載は3本のみで、持ち込み仲間の中上健次や立松和平より掲載率は低かった。そうした数少ない採用作をまとめてはどうかという相談を持ち掛けた集英社の若手編集者と話すうち、「暗い話を書いている場合じゃない」と路線転換を進められた。そうして1981年『弔鐘はるかなり』(『第二誕生日』改題)単行本デビュー。実質的な新人としては異例の“書き下ろし長編”による処女出版であり、二度目のデビューである。初版は8千部。翌1982年には、『逃がれの街』(『ふたりだけの冬』改題)も出版。その後『眠りなき夜』『さらば、荒野』『檻』とヒット作を次々と生み出し、“ハードボイルド小説の旗手”として一躍人気作家となり、「月刊北方」の異名を取るにいたる。

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