あそこでは「人間らしくあること」が、マナー違反になるのだ。
たとえば、ヘッドフォンの音漏れが敵視されるのは、あれはうるさいからではない。
音量について言うなら、電車の走行音と比べてみればわかる通り、ごく些細なノイズに過ぎない。
問題は、音楽を聴いている人間が「ゴキゲン」である点にある。みんなが我慢しているのに、一人だけノリノリであることが許せない、と、そういうことなのだ。
通勤は、ひとつの「行」だ。
とすれば、満員電車という共通の閉鎖空間に居合わせた全員が心をひとつにして試練に耐えるのでなければ、「行」は貫徹されない。
脱落者が出ると、結界が破れてしまう。