個人的に、後者のやりかたで俺はやることが多いから
相手は悔しいけど否定できない、ってことになりやすいんだと思うよ
1から10まで自分の意見で構築して相手にぶつけりゃ
そりゃあ、相手にしてみれば1から10まで相手の持論なんだから別の意見をぶつけられてしかたないでしょ
A「あの犬可愛い~、お前は飼うべきだよ」
B「可愛いと思わないから飼わない」
このようにBは↑容易に反論できる
A「あの犬可愛いね」
B「そうだな、めっちゃ可愛いわ」
A「お前はあの犬を飼うべきなんじゃないの?」
B「いや、いらないよ」
A「可愛いものがどうしても欲しいって言ってたじゃん」
↑
完全に言い返せないわけではないけどBはやや苦しい立場になってる感じするじゃん
で、俺は感想文にも価値はあると思うんだけど
意見はまず感想文から始めて、
それに異を唱える相手が現れたら脱感想文的な意見を言い始める感じにしてる
おでんは喧嘩とは終始感想文でOK みたいな感じで考えてそうだけど
一方的に相手をおさえこもうとするパワータイプ、義務教育で感じた、一方的におさえつけるだけの教育スタイルに強く影響されてそう
俺はもともと、どんだけ自分に説得力や強い根拠があると思っても
相手にとって俺の意見が同じように見えてるとは限らない
だから「これは説得力が強いものなんです!」でゴリ押すつもりもないわ
フェアな精神を持ってるからね