>どうでもいいけど国語の問題は作者じゃなくて出題者の意図を汲み取らないといけないんだよ
出題者にも絶対があるという事です。
>文学によって成り立つ世界ってがどういうものかって多分読んだ人によって変わってくるんじゃない?
読者、つまり受け手にとってはそれが絶対なのです。
作者は自分の絶対である世界を表現したに過ぎません。
>作者こそが文学の神であると考えるのはどうなんだろう?
正確には作者は創作した作品にとっての神であって、読者は作品を自由に解釈する神、ですかね。
>私は文学というのは作者と読者のコミュニケーションだと思ってるよ
一方が発信し一方が受信するだけの関係をコミュニケーションと捉えるかは疑問です。
>そもそも物語の中の登場人物は作者に意図に反する行動ができないのかということ
もしも論理的に説明できなくても頭の中の概念だけで存在すると言えてしまうなら何でもアリになってしまうよね
>Aさんが存在しているの言っているのだから存在してるんだっていうのは論理的ではないし、もしもそれがアリならあらゆるものが存在していると言えてしまう
「Aさんにとっての絶対」の理屈では、少なくとも個人個人の絶対は存在する事になり、誰しもが絶対を認識する事は出来ます。
世界を認識してるのは個人であり、全ての個人が絶対を有しているのであるから、世界にも絶対は存在するという事も出来ます。
>>>26で辞書が引用されてるけど絶対が単体で使われてる事例はないよね
「ダメ。絶対」という標語は単体で使われていると思います。
>泳ごうと意図してもその意図した行為が事実とならない例なんていくらでも考えられるよ
Bさんが犬かきで泳いだとしても犬かきは泳いだと認められないというCさんもいるでしょう。
しかしBさんにとっては泳いだというのは絶対にした行為です。