「全てから憎まれる存在になっても君を守る」と謳う者。
世間体を敵にまわせるのか?
法を敵にまわせるのか?
自分の手を汚してでも守り抜けるのか?
人殺しになる覚悟は出来ているのか?
遅かれ早かれ己が利益のために人を裏切る『人間』という生物には出来ない。
所詮、理想や愛を歌う者に固い意志などない。
己の直情的な様を醜いものと勘違いし、聞こえのいい言葉で誤魔化しているだけに過ぎない。
つまり己の暗部を無視しているだけに過ぎない。
ただそこに突っ立って歌うのみ。
自分の手を汚さない、己の全てを犠牲に出来ない者の歌など一銭の価値もない。
エゴを正当化し、陳腐な情愛を語る。
人間の愛とは押し並べて安価なもの。
『他者の幸せは自分の幸せ…』
それは即ち我が身の幸福のために他者の幸福を強制しているということ。
然し、価値観など他人とは共有し得ないし、ましてや他者の幸福など、
一個人が短時間で理解し得る筈もない。
一生かけてすら、本人の幸福の在処も解らない…
そんな人間に、他者の利益を短時間で理解するなど不可能だ。
そんな高望みをすれば、またその者は不幸にさえなり得るのだ。
真に理解している者ならば、安易に愛を語る前にその胸に問うだろう。
他者の幸せを実現し得ない己が、他者と共に歩む資格を持っているのか、と。
信念や義というものは人によって違う。
信念や義は、やはり己を守るためのものだ。
取り繕う必要などない。己が利益を優先することは人間として当然の行動であるし、
元より心の底から愛を証明出来る人間は壊れている。
箍が外れていると言った方が妥当だろうか?
己の幸福を優先する行動は人間の本能によるものだ。
本能に逆らい、歪んだ倫理や道徳などのために愛というものを作り出す。
人として壊れている。
性欲 愛欲 金銭欲 そして他者を幸せにすることによる自己満足
所詮本質は隠しきれない。
しかし その本質から目を背ける…即ち『嘘』をつく人間が
永劫の信用を乞うのも不可解な話だ。