アメリカ人
喧嘩してるつもりになってるかもしれんが、
逃げまくってしどろもどろになって現実逃避してるだけ
C
あとからこういう意味だったという場合が多い
天使
一人で笑っている。基本的に逃げ。
霧雨
一応ちゃんと断言しているっぽい。
ただし、彼なりの理屈すぎてよくわからない。
ロシュ
ステはんで嫌味投下してそうw
佐藤9号
ちゃんと主張し理屈も概ね通っている。
*この中で言えば、直感とは裏腹に佐藤9号一番まともになってしまうww
あろくとか、てんさいtinkoとかはどこいったんだ?
贅言消去
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1806/07/news117.html
した上でも強く見えるかどうか考えてみてくださいw
余計な、煽りが多いとつよく見えてしまいがちですが、
そんなものは、簡単でしょう。
そして無駄でしょう。
逃げまくって贅言だけっていうのは、逃げ根性まるだしです。
>>408って内容としては「贅言を取り除けば見え方が変わり得るよ」という意見なわけだよね
俺はそれ正論だと思うよ
でも、その意見を読んでも「なるほど、プリンすげぇな!」とはならない
更に言うと、ねとらぼ(引用元)のライターすげぇな~とも思わない
飯間浩明ってひと冴えてるな~とは思う
着想やアイディアや方法論などを外部から仕入れてくること自体はぜんぜん構わないのだけれど
ここは喧嘩掲示板なのだから自分の言葉で贅言消去の有効性を訴えかけたほうがよいのでは?
もし仮にこのシーンが喧嘩の最中に再現されたとしたら「えーと、じゃあ俺は飯間さんに反論すればいいんですか?」みたいになるよ
>>409
>喧嘩掲示板なのだから自分の言葉で贅言消去の有効性を訴えかけたほうがよいのでは?
贅言消去の意味を外部から仕入れて、有効性は自分の言葉で訴えてますよ。
当ランキングとは別に、感想文喧嘩師ランキングもありますので、あわせてご参照ください。
http://jeison.biz/casphy/bbs/read.php?cate=kenka2&mode=list&no=9235&res=n20
感想文喧嘩についての基本的な立場は、こちら
http://jeison.biz/casphy/bbs/read.php?cate=kenka2&mode=list&no=9355&res=82-84
感想文喧嘩師は、アホシステムというのを使うことがあります。
http://jeison.biz/casphy/bbs/read.php?cate=kenka2&mode=list&no=8222&res=108-110
どういう不満かというと
仮にぷりんの意見が別の人間の言葉をそのまんま引用して相手にぶちかましたものだとしても、
ぷりん対誰か は喧嘩をしている関係であるはず
その誰か、は引用された元の人間と議論できるわけもねーだろ(できたとしたらそれはぷりん対誰かとは別の喧嘩になるってだけの話で別次元の話)
ぷりんは引用者であると同時にその引用者の意見を支持してる立場であることから
その引用のもっともらしさ、それが正しいという補強をして当然の立場だと思うし
引用した人間と、ぷりんの意見はまったく同じとは限らないし
ぷりんは、引用元とは別人なんだしぷりんが何かを支持するロジックを持つ者として独立した考えの人間として扱えるはずだし「ぷりんとの喧嘩」をする意味が充分にあると思う
わかりにくくなったかもしれんがシンプルに言うと
引用者とぷりんは、支持するなんらかの意見は同じでも
それを正しいとする根拠づけに差があるかもしれないよ?ってこと
逆に言えば、同じようなもんを支持したぷりんと引用元、両者に同じ突っ込みを入れた場合
双方から別の内容の反論があるかもしれない
だから喧嘩相手は引用元に反論しないといけない、みたいなのはズレてるかと
引用者は、その引用を正しいと根拠づける責任が0になったわけではないし
その肉付けは引用元と同じものかは限らないってこと
様々な観点から突っ込みを受けた場合、ぷりんも引用元も同じ反論をするんですか?ってことだ
それをまったく同じであるとするなら
もはや、喧嘩相手はぷりんに突っ込みを入れていいってことになるし(引用元もプリンも同じ思考を持ってるんならあえて引用元に反論をしなくてもいいだろ?目の前にいるぷりんに反論していいじゃんってことになる)
すまんがこう思っちゃったわわかりにくいかもしれんが感じろ
ちなみに、「引用をしたにもかかわらずその引用した理論になんの責任ももたない」という立場をぷりんがとったのなら話が変わる
>もし仮にこのシーンが喧嘩の最中に再現されたとしたら「えーと、じゃあ俺は飯間さんに反論すればいいんですか?」みたいになるよ
俺なら引用してるその意見、おかしくね?みたいな突っ込みを入れようと思うけど…
その状況で飯間さんに反論すればいいんですか?って思うのって普通なんですかね…
同じ意見をもつ人間を知っていたとしても
喧嘩ならば引用せず自分の言葉で伝えろ、
ってことを言いたいんなら
俺は、喧嘩なら利用できるもんはなんでも利用する精神で挑んでいいと思うよ、とでも言っておこうか
根性論丸出しの昭和の野球部でもあるまいし
楽できるとこは楽していいんだよ
援用という行為そのものを咎めているのではなくて
他人が書いた文章を読ませるのではなく自分の言葉で説明しようぜ?と働きかけているわけなんだわ
例えばだよ、引用元の記事には
> 「反対だ」とか馬鹿なことほざいてんじゃねえよ → 「反対だ」と言わないでください
・・・と脳内変換を促したうえで、そうすることにより議論が効率的に行えると書かれているけれど
いま俺たちが身を置いている掲示板喧嘩というある種のサブカル的娯楽の場においては
反対だと主張することがなぜ馬鹿なことになるのか?という切り口も十分に喧嘩の題材たりうるわけだ
「馬鹿なこと」という文言は、こと喧嘩掲示板においては一概に贅言扱いすべきではないんだよ
・・・といったような反論は即座にパッと思い付いたりするわけじゃん
でも、仮にこの反論をぶつけたところで、プリンくんがどこまでの深度でねとらぼの記事を援用しているのか分からないわけだ
「いや別にその部分を支持しているわけじゃないよ」という展開も当然あり得る、というか多分そうだと思う、分かったうえで例にした
そういうのを踏まえるとさ
> 贅言を取り除けば見え方が変わり得るという意見は正論だと思う
> でも自分の言葉で説明したほうがいいよ
もはやこれくらいしか言えないよね
俺としてはぜんぜん自分の言葉で説明できていないと感じたけれど、しょせんは匙加減の問題だし
プリンくんがあの発言をもって「ちゃんと自分の言葉で訴えている」と言うのなら、それ以上俺から言うことはないかな
斜め読みしかしてないけど、
有効性を直接書いた他に、実行もしている。
そして、贅言消去の言葉の意味を、借用したかっただけ。
私がが、実際にやっているプロセスは以下。
・贅言消去し相手の立論の論理構造を把握
・簡潔に相手の主張を纏め、確認
・その上で、自分の意見を述べる
相手の主張を纏めると、
相手の言いたいことをよく考えることにもなるし、
論理的な不備がすぐに見つけられる。
また、言葉の使い方で対立しているのか、
推論過程で対立しているのか、
意見の相違点を洗い出すことができる。
なにより言い逃れがしにくいわけだから、強くなる。
基本的に、君たちがなかなか強くならないのは、逃げ喧嘩だからだと思う。
>>423
ようは引用を見たアホがくだらない突っ込み、要点外の話を始めるかもしれないってことか?
だから自分の言葉で説明したほうがいいってことか?
>>409ではそう言いたいようには思えなかったけどそこは許すわ
別に、要点はそこじゃないよ変なとこなぞらないでください変態
って言えばいいんじゃないですか…
まあ、今の俺とCの論点じゃ
「こうしたほうがいいよ」
「いや、別にこうでいいじゃん」
っていう、好き好きの話でしかなさそうだしこれがぷりんの言う感想喧嘩かな
逆に言えばCはその程度のことしか言えてなかった、と
>>409ってさ
もし「変なとこをぷりんが支持してるように思われるかもしれない」ていう考えで書かれてたとするならおかしい点があるよね
はい
>もし仮にこのシーンが喧嘩の最中に再現されたとしたら「えーと、じゃあ俺は飯間さんに反論すればいいんですか?」みたいになるよ
↑
こ・こ
なんでこの架空の人間は飯間さんに反論すればいいんですか?と思ったの?
Cの後出しのいいわけによれば
その架空の人間は、ぷりんがそこを支持してると思ってしまったっていう前提がからんでくるだろうし
プリンに反論することになるんじゃないの?
ぷりんの引用文を見た喧嘩相手がぷりんが支持してるわけではない論外な要素での指摘をしてきた→ぷりんは「そこを伝えたいために引用したわけじゃないよ」と指摘
このあとに「えーと、じゃあ俺は飯間さんに反論すればいいんですか?」
ってなるなら流れ的にわかる
しかも、「おう、俺の知ったことではないけど勝手にツィートに突っ込みを入れてやれ」でいいと思うよ
>>425
アホが要点から外れた話を始めてしまうことも勿論あるし
それどころか、相手をそのアホに仕立て上げるかどうかは他者の主張を引用した側のヤツに依存しているよね
ケースバイケースだけれど、「その部分を支持しているわけじゃない」みたいな躱し方は多くの場合においてセーフティネットとして使えてしまう
だからこそ「アホじゃない人」は引用されている内容に反論する前に確認作業を行うわけだ
「要するにお前の意見は〇〇ということなのか?」って具合に、自分の言葉で説明させようとするわけ
この確認作業をすっ飛ばしてしまうと、それこそ「飯間さんに反論しただけ」になってしまいかねないからね
プリンくん自身が言っている
> ・簡潔に相手の主張を纏め、確認
というのも本質的には同じようなものだよ
5chとかでよく見かけるけど
ただ単に相手のアンカー+どっかのサイトの引用
だけでレスをつけてる奴がいるけど
それだと具体的に何が言いたいのかわかりにくいこともあるよね
だからある程度、自分のレスでのちに貼る引用が持論にどういう構図で組み込まれてるのかケアしたほうがいいとは思う
それは「ただ引用だけをする」っていうものすごくやりすぎたケースには言えることだけど
ぷりんは今回そんなことをやってたの?
なんのレールも敷かずただ投げやりに引用文を貼った感じなの?
ある程度ケアをした上で引用として貼ったんなら
それで相手が誤解するかどうかはケアの質や
相手の頭の程度に依存するだろうし
そうなってくると、「他人のレスを引用したかどうか」ってのとははずれた話になるんじゃないの?
引用するおかげで比較的わかりやすい意見になる場合はどうすんの?
もしかしてそこは「喧嘩師であるならそんな誰かの作ったもんに頼らず自分でなんとかせぇ、それが修行になる」みたいな話に発展するの?
文章や理屈って誰かからの借り物でいいんだよ
ただ、その借り物が単なる与えれた自分の考えが込められてないものだったら
突っ込まれたら困ることが多いってだけの話
「この人がこう言ってる!」だけでなんとかなる宗教信者の世界が
一般人からすると突っ込みどころまみれなのと似てるかもな
つーかここまで話してて思ったけど
Cの中じゃ「ぷりんは引用をぶつけただけ」って解釈になってそうで怖い
極端な思考の影が見えるぜ…
ぷりんは散々自分で文章を書いてたんだし
引用は全体のうちの一角でしょ
まるで引用しかしなかった人、を目の当たりにしたような語り口になってませんかね…
ちなみに誤解の可能性は引用してもしなくてもあるもんだと思うが
ぷりんのこのスレでの書き込みは「誤解されやすいものだったのか」ってのがすごく気になります
しかも仮に誤解されても説明している通り、
追加説明をしたら済むと思うんだが…
俺個人としては
>>409のほうがわかりにくい文章だったと思うんですが(のちの補足部分が本当に言いたかったことだとするなら)
>>430
プリンくん:贅言消去してみましょう、ハリボテの強さを見抜けるはずです。贅言消去とはこういう行為です(ねとらぼURL貼り付け)
・・・で、そのURLを読むと
> 「反対だ」とか馬鹿なことほざいてんじゃねえよ → 「反対だ」と言わないでください
といったような贅言消去の具体例が書かれている
一見すると、引用元の記事に書かれている上記の具体例さえも推奨する立場に立っているように取れるわけさ
>>423でも言ったけれど
こと喧嘩においては「馬鹿だ」という文言も喧嘩の題材たりうるわけだよ
「"反対だ"という発言が馬鹿げた発言であるのかどうか」には、興が乗るかどうかはさておき喧嘩を一本成立させるに足るポテンシャルが備わっている
いちいち取りざたす必要はないし贅言として扱うかどうかはその人の自由だけれど、ポテンシャル自体は備わっているよね
「強さを見極めるにあたって無駄で余計な煽り」という言い方をしていることから
恐らくプリンくんは「馬鹿だ」などの発言をそのまま贅言として消去しているのだろうなってのは察しが付くけれど
「そこまで含めたうえで推奨しているのか」については明確に示されていないわけ
一応それらしきレールは敷かれていたけれど
「もっと詳しく自分の言葉で説明して発言に主体性を持たせる」ことを勧告する余地は十分にあったと思うが
他スレ読んでいて思ったけれど
青天井で終日ぶん回すでもなく1万円の桁で細かくきざむような収支のスロ生活をするのなら
朝一リセット恩恵とかそういう台ピンポイントで狙って、ダメだったら潔く午前中で切り上げるくらいの姿勢が良いと思いました、まる
贅言消去
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1806/07/news117.html
した上でも強く見えるかどうか考えてみてくださいw
余計な、煽りが多いとつよく見えてしまいがちですが、
そんなものは、簡単でしょう。
そして無駄でしょう。
逃げまくって贅言だけっていうのは、逃げ根性まるだしです。
↑
うむ
ぷりんの実際の文章からは当然、知りたくても知れない情報は多々あるだろう
引用をしなかったからといって「相手にとって知りたい情報」を完璧にケアできるわけがないし
おおよそ何が言いたいかくみ取れるくらいのケアはするのが常識だと思うが
そこでケアされてない1~100のうち、89番目について知りたい!それが書かれてないからお前の書き方は欠陥だ!
と言わんばかりの攻め方って非常にしょうもないと思います
お前が説得力を感じたらしいそのツィートからも、当人の考えが1から100まですべて書かれてるってわけではないよね
ちなみに、
「引用」と、
「そこまで含めたうえで推奨しているのか」についての明示
を両方備えていた場合お前はしたり顔で満足するの?
一応、ぷりんの気持ち次第ではその両方を書きこむ可能性があったんだけど
逆に、引用をせず自分の意見を必死に書こうと努力した場合
お前は1から100まで知りたいことが充分に知れた、として満足すんの?
引用を用いても結局、欠陥は見出せるし
引用をしなくても欠陥はあって当然なんだから
結局、その欠陥は議論の中で補足等をしあえばいいってだけじゃん
喧嘩だぞ?会話の場が設けられてるのに
なんで完璧を求めるんですか…
ちなみに完璧を求め切れてる場合
引用を用いても1から100まで相手に伝わった状況は完成すると思うんですが
引用、って要素はそんなに大きなものなんですか?
ああ、最後にこれだけは言っとく
引用によってミスリードが発生しやすくなる、ってのを言ってるんなら俺は疑問がある
読み手も一応思考する知能くらいあるんだろうし引用として貼られたもんは
あくまでも引用だと理解できる奴は多いはず
これが、引用と相手に知らせずコピペで相手にレスをしただけの場合
相手はものすごーく混乱するかもしれないけどね
伝えたい部分がうまくまとまらなくてモヤモヤしてたがようやくまとまったわ
今回、ぷりんは引用を使って何かを伝えようとしたが
まあ、その範囲じゃ見えない部分があって、Cは「自分の言葉で伝えようぜ」って言ったわけじゃん?たぶんな
だけど、もしこれがその見えない部分に関してはぷりん自体が説明をしていた場合、
Cは今度は別の部分を指して「ここが見えないから自分の言葉で書こうぜ」みたいな話をしてたんじゃないの?
で、それってぷりんが引用を用いてなくても
説明なんて不足があって当然なんだし、「ここわからないんだけど説明よろしく」みたいな反応があるのは自然なんだよね
で、考えると自分の言葉で書いたかとかじゃなく、
「単に補足してくれ」っていうお願いでいいんじゃないかと思います
で、その「補足してくれ」は議論に於いていくらでも沸く余地があるものですし
あえてそこを今回物申したのかよくわかりませんでした
みたいな
さて行くわ、収支は報告する
Cが議論をしたかったけど不明な点があったから聞いてみた
ってだけならともかく
Cはそういうことじゃなく「自分の言葉で物申せ」っていう論点でつついてたんだよね
俺は非常に違和感を感じました
まあそういうことで乙
マジで行くわ時間がねえ
もうオープンしてんじゃねーか?
自分の言葉で物申してる場合
「そこまで含めたうえで推奨しているのか」という形ではない別の疑問が相手に沸く可能性はあったよね
引用をしたからこそ沸く疑問の形、とは変わってくるけど
「こういうケースもあるけどどう思う?」みたいな形として、引用の場合と似た疑問を持つことはありえた
その辺り、「自分の言葉であれば解決する(相手の疑問の数が減る)」っていう確証があるのか教えてほしい
かな~
議論とは主張と根拠によって成り立つものだし根拠は外部ソースである事が望ましいのだしその根拠を元にした主張に反論するのなら同程度の外部ソースで対抗するしかないでしょ。
地球は丸いという主張をしてなぜなんだと根拠を求められたら自分の言葉だけという制限がある場合これこれこうして計ったらこう結果が出たなどと言っても説得力はあるまい。
ああ分かった。トンチンカンな感想文喧嘩師が誰からも相手にされなくなり根暗化するんだな。
アメリカくん
俺は「欠陥がある」といった扱いは一切していない
>> 「もっと詳しく自分の言葉で説明して発言に主体性を持たせる」ことを勧告する余地は十分にあったと思うが(>>437)
と言っているように、主体性の薄さ/濃さに関連付けて自分の言葉で説明することを俺は勧告していたわけさ
1から100まで説明を求めているわけでもなければ
89番目についても「主体性が薄いことにより伝わらないかもしれない一例」として取り上げただけに過ぎない
他人の意見を援用する場合、主体性が薄くなれば薄くなるほど「これじゃあまるで飯間に反論しているみたいだな」となりやすいし
逆に主体性が十分に濃ければ「プリンくんはこういう考えなのか、正しいな/間違ってるじゃないか」となりやすいよね
で、主体性の薄さ/濃さというのはしょせんは程度問題だから
>> プリンくんがあの発言をもって「ちゃんと自分の言葉で訴えている」と言うのなら、それ以上俺から言うことはないかな(>>423)
とも言っておいたはずだ
なんか薄らぼんやりしてますね…
>他人の意見を援用する場合、主体性が薄くなれば薄くなるほど「これじゃあまるで飯間に反論しているみたいだな」となりやすいし
ここに勝間はいないんだし
掲示板喧嘩、っていう場所柄も考慮した上で
「勝間に反論してるみたいだな」なんていう気持ちになりやすいものなの?俺はいままで掲示板で誰かに引用されることは多々あったけど
一度も「引用された人間に反論してるみたいだな」なんて思ったことはないが…
極端かもしれんが
5chでどっかのサイトの引用だけをしてきた相手に対して
いちいち相手はしないことが多いけど内心(ああ、こういう思いを込めてこの引用をしたんだろうけどこいつの持ち出した考えってずれてるよな~)的なことを思ったりはしたぞ
もちろんそれが見抜けない奴もいるだろうし
そういう奴は、勝間に反論してるみたいだ、と感じたり
ズレた要素に突っ込みを入れたりしそうだけど
そういった相手方の未熟さ故の間違いを防止するために書き手が妥協する必要なんてないと思う…
欠陥って言ったけど、その未熟な奴でも充分に理解できる意見を100%の完璧な意見だとして
掲示板喧嘩でそんなもんを一方的に目指すのは無駄が多すぎる
>逆に主体性が十分に濃ければ「プリンくんはこういう考えなのか、正しいな/間違ってるじゃないか」となりやすいよね
主体性って曖昧だよね
でも俺は「プリン君は飯間の文章を引用したいという考え」ということに強い主体性を感じたよ
「ふとももぷりんはこれを引用したいという考えなのか。引用とスレの現行のやりとりを見比べて正しいな・間違ってるな」みたいな感じでいいじゃん…