>>55
実際に作用する例を幾度と無く見てきたし、珍しくもない。よって、作用し得ると判断した訳だが「結局は論理性」ってのは、誰のルールだ?
詭弁を弄してギャラリーや相手を騙したとて、実のところ論理的では無いから負けってか?そもそも、論理性とは別に煽りや雰囲気によって形勢が決まる事も往々にしてある中「結局は論理性」なんて、それが自分ルールじゃねえなら何なのか説明してみろやボケ。
逆に「興味ねえ」以外に何を言えば良いんだ?無駄がある事の否定になる様な説明がされているならともかく、個人が「長いと思うか」に今更言う事なんてねえんだよ。
多くの奴は喧嘩の性質上、差別や人格否定など相手を落とす手段の汚さには寛容だろうし、その点「綺麗な方が需要が高い」って訳じゃねえだろうな。ただ、文章の汚さってのは読み手の労力が書き手の責任で増えるって構造だろ?
例えば、説明力や理解力の低さが原因で毛嫌いされたり、相手にされないって状況は喧嘩してれば見た事があるはず。それも似たような構造で、労力と需要ってのは密接な関係にある。
難語や長文が嫌われるとかも、まさにそれ。勿論喧嘩では、それを戦術として利用するのも自由だが、そうすれば需要は落ちるわな?