「常識陣」

771霧雨◆MistDNAtX.
2023-12-11 08:28:58
ID:SCzrd.GE

>>766
折角なので俺がネットに入り込んで行った経緯を思い出してみる。

当時の俺の家にはネット環境がなくゲームも禁止されているようなビックリするくらい頭の固い家だったんだが、
親が留守中にドラクエ8をプレイしている内にドラクエにのめり込んでたな。

俺がネットを始めたのは今から約12年前の2011年夏頃。いとこの家にネット環境が揃っていたのがきっかけだな。
ドラクエ用語事典には自由に私的意見を書き込む項目があったので、自由を履き違えた俺は「とひなかばちいいかせ」というハンドルネームを使って馬鹿なことを書き込みまくっていた。荒らし扱いされて「お前みたいな奴は掲示板に行け」と言われ、そこで初めて掲示板の存在を知る。

そして見つけたのがインターネットワイドショー掲示板。そこでも色んな奴と揉めまくって、味方もいたけど敵の方が多い感じだった。この頃に名前を雷光に変えていた気がする。
そんなある日、誰かが「喧嘩板行ってた」って言っていたのを見て初めて喧嘩板の存在を知った。

こうして喧嘩板の存在を知ったのは同年の秋頃だな。
最初にたどり着いた喧嘩板は葉っぱ天国。今では閉鎖されて存在ごと消えているが。

初めて着いた俺は性根が曲がってこそいたが、負けたくないという気持ちは皆無だった。今思えば喧嘩板としてはあるまじきスタンスだったな。
なので喧嘩は売りまくるんだが、小学生みたいな奴が相手でもちょっと言い返されたら劣勢になる前にすぐに負けを認めてた気がする。とにかく諦めが早かった気がするな。
雑魚と言われて「俺は確かに雑魚だ。お前に挑むのは早かったからもう少し鍛えてからまた来る」とか激キショ文章を書いてたのが今でも忘れられない。今の自分の実力で全ての奴に勝てなきゃ意味ないっていうスタンスを持つべきだろ常識的に考えて。

そんなある日、葉っぱ天国に中2心をくすぐる宣伝が張り出された。

「御庭番を募集します」

その掲示板の名前は林檎庭園。庭園にいらっしゃる喧嘩界の女王の林檎様(本当は実在しないキャラ)をお守りするための御庭番を募集するために、色んな掲示板で募集しているらしかった。

ホンワカしたデザインの葉っぱ天国よりかっこいいなと思った俺は御庭番に志願するために林檎庭園へと足を運び、イキったノリと勢いで志願してみたところ、
本来必要だった審査とかもなく、支配人の刻苦って奴に御庭番として認められて働くことになったわけだ。

そこから俺が喧嘩界の歴史について知ることになる。
林檎庭園に着いて初めて喧嘩した相手はリモンだったが、力の差は歴然ですぐに負けた。ちなみにこれがキッカケでリモンを見かけると人知れずテンションが上がるくらいには好きになった。

その後、ZERODOLLや山田、ゲシュタルト崩壊とも喧嘩したが全く歯が立たず、前の喧嘩でのことを全く次に活かせない俺は負けに負け続けた。そしてこの頃には俺の名前は霧雨になっていたな。

塾長にも喧嘩を売った。塾長は俺より後に御庭番になったから、喧嘩界の歴史を知らない俺はこんなことを言ったんだ。
「よろしくな新人。あんまり調子に乗ってドジを踏むなよ」と。
この発言を面白がったZERODOLLは俺の側に着いて「全く霧雨の言う通りだ。社会通念的に考えて後から来た奴は先輩の言うことを聞くべきだ」みたいなことを言ってた気がする。
当時は額面通り捉えていたが、今では意味が分かる。喧嘩界で見れば超古参のはずの塾長が新参に新参扱いされてるのが面白かったんだろう。

ここで塾長の口から初めて平成喧嘩塾の存在、セルシアの存在を初めて知ることになる。
彼の発言はいちいち魅力的で、喧嘩界が面白いものだと思わせるには十分だった。あの頃のログが残ってなくて残念。

ここまではかなり記憶に残っているんだが、ここから先はぶっちゃけあんまり覚えてない。
喧嘩してたのはしてたし印象的な出来事もあったんだが、時系列がごっちゃになってて上手く書きにくい。

ちなみに林檎庭園がある日突然平成喧嘩塾ver.2に名前を変えていたのが不思議だった。なんだったんだろうなあれ。

とりあえず当時のマイナーキャラと言えば、くおりあ、わりりん、中属もとい慎吾様、ダークドレアム、喧嘩師ドラゴンあたりかな。

あと、俺はセルシアの存在は早い段階で聞かされていたものの、実際にこの目で見たのはだいぶ後の話だった。本当に強い奴は多忙なんだなって勝手に納得してた。

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