いいぞ。
お前にとって喧嘩とはどういう物なんだい?
俺は7年くらい前に喧嘩やってた身で、今日までいろんな喧嘩板をROMったり忘れたりする日々を過ごしてきたんだけど
みんなそれぞれの喧嘩のやり方・勝ち方があるように思う。
例えば、面白い煽り文句を散りばめて優位性を保つ人もいたら、ワザと言葉をひらがなやカタカナ、漢字などに変換して記号的に遊ぶ人もいる。
小説っぽい文章を書いて他人を魅了する人もいれば、論文のような文章で他人を説得しようとする人もいる。
まあ十人十色だよね。
これは言い訳でもあるんだけど、7年くらい前の俺は喧嘩といえば専ら相手の論理的ミスを指摘して論破することを勝ちだと思いこんでたんだ。
でもね、それを続けてもランキング上位にはなれないし、もちろん強いとも言われなかった。
何故なら、当時ですら既にみんなやってたし、ミスを指摘すること自体馬鹿馬鹿しいものだって風潮になりつつあったからだと今振り返って思ってる。
そもそも話ができなきゃ面白くないもんね。
例えば、誤字を指摘して、「はい勝ち〜」の何が面白いのか今考えると全く意味がわからない。
たぶん誰も面白くなかったんだと思う。
まあ、単に俺の実力がないって言うのもあるけど。
それで、血迷った俺は、強いって言われてた古参の書き方とかを真似たらランキング上位になれると思いこんでた時期もあったんだよね。
まあ、実力が伴ってないから黒歴史とも言える恥ずかしさしか残ってないんだけどね。
で、最近気づいたんだよね。
自分の面白いと思う会話を、自分が面白いと思う表現で遊べばいいんじゃないかって思うようになったんだ。
でも、そのスタイルが大きく違うと上手く伝わらなかったりしてストレスになる。
それも踏まえた言い合いならいいんだけど、俺はこういう言い合いの中で建設的に答えを見つけていきたい。
だからあらかじめ聞いておきたい。
どうなったら勝ちとかある?
>>2
レスが遅れてしまったな。申し訳ない。
早速質問に答えていこうと思うが一つ残念なお知らせがある。
それは俺は今日初めて誰かと自発的に喧嘩をしようとしている身だということだ。
勿論この掲示板を使うのも初めてだ。
俗に言う「新参者」であり、経験も全くない俺に君が求めている答えを正確に出せるかは分からないが、自分なりの答えを考えてみる事にする。
俺にとって喧嘩とは「知識を獲得する場」であり「コミュニケーション能力を向上させる場」であり「数多の思想を聞くことができる場」だ。
まだ味わったことがないのでハッキリとは言えないが「爽快感に浸れる場」であるとも予想している。
勿論ここで言う「喧嘩」と言うのはここのような掲示板やSNSで行われる「文字喧嘩」の事を指している。
その喧嘩の勝敗についてだが、所謂「論争」と同じで「相手の主張が破綻していることを証明する」ことが勝利だと思っている。
ディベートのように、論題にハッキリとした答えがない場合なら勝敗のつけ方は説明するまでもない。
恐らく君が求めている答えはこんな形式的なような答えではなくもっと違ったものなのだろうが俺の考えはこうなんだ。すまないね。
君のレスを読んでいると所々に人間味があると感じたよ。
君にそういうつもりがあるかどうかは知らないが、俺は君のような人間味があるレスをする人間がとても好きなんだ。
君と喧嘩ができるのは嬉しいことだね。
是非色々と学ばせてくれ。
>>1
-------刹那・・・・
Lowの肉体は宇宙へと吹っ飛ぶ・・・
トリコにとってはただの握手だったのだが、その強大すぎる力に対してLowの肉体はあまりにも小粒だった・・・。
>>5
レスが遅いことは別に構わないよ。
チャットみたいにリアルタイムで応答するものではないんだし、お互い、現実世界が忙しかったりして中々こういう場で長文に親しむ暇が取れなかったりするだろうから、むしろゆっくりじっくりやっていこう。
なるほど新参者は初耳、ならぬ初見。
まったく残念じゃない。むしろ歓迎だよ。
この界隈、最近新参者が中々来なくてね。君みたいにそれっぽい人がたまに来ることもあるっちゃあるんだが、やっぱりすぐに消えてしまって
今はほぼサービス終了状態なんだよね。
だから珍しくて今書きながらびっくりしてる。
さて、質問に答えてくれてありがとう。大丈夫大丈夫、ちゃんと求めてた物だよ。
ただ、少し気になった点があるからいろいろもうちょっと詳しく聞いてみたいかな。
「相手の主張の破綻を証明すること」「コミュニケーション能力の向上」についてもうちょっと言語化できないかな?
何故、「ディベートのように、論題にハッキリとした答えがない場合なら勝敗のつけ方は説明するまでもない」のかが分からない。
論題にハッキリとした答えがあってもなくても、相手の主張の破綻を証明することは可能だと思うし
逆に、ハッキリした答えがないからこそ、相手の主張の破綻を証明することが難しいんじゃないかなあとも思うんだよね。
そしてこの証明していく中で、知識を獲得できたり幾多の思想を聞けたりするのは確かにわかるけど、それだったら本読んだ方がマシだと思うんだよね。
何故なら本とは違ってその情報が常に正しい情報である必要がないし、転じて校正や校閲する必要がないから間違った情報のが圧倒的に多い。
で、「コミュニケーション能力の向上」については、何も主張の破綻を証明することを目的とせずにただ会話する方が上がると思う。
相手が本当に何を言いたいのか、それを考えることに繋がるんだから。
現時点でまとめると、知識や思想を得られる本を読んで、それについて会話した方が主張の破綻の証明をするよりもメリットが大きいと思うんだよ。どうかな?
あと、爽快感は喧嘩する相手によると思うかな。
人間味かあ。
よく分かんないけど、ありがとう