「手帳の概念の意味するところはただ、重要なのは必ずしも目ではなく、ペンなのだということである。ここにひとつの『哲学的』問題がそっくり見られる:人間主体はただ『話す』ものとして、言葉を話せるものとして定義される:ということはつまり、それは話すことしかできないということ、いつも話してばかりいるということだ;生きること、それは話すことである(外的にであれ、内的にであれ)。」(『小説の準備』)