「氷球(アイス・ボール)」
木々の間を駆け抜ける私、瑠璃(るり)の背に、無数の氷の球が迫ってくる。それを木に跳び乗って回避。と、思いきや、氷の進行方向が変わり、まるで球に意志があるかのように私を狙ってくる。
「うわ、えげつない......っ」
ダンッ、と木の枝を踏み台にして、隣の木に飛び移る。そこから更に跳んで、氷との距離をつくってから地面に着地した瞬間、足元の土が崩れた。
「落とし穴は聞いてないけど!?」
落下するぎりぎりでちゃんとした地面に手をつき、体を宙に持ち上げる。そのまま一回転して着地。今度は穴はないみたい。よかった、と息つく間もなく迫る氷に、手をかざした。
「炎(フレイム)」
溶けた氷が水になり、足元の土に染みこんでいく。そのタイミングで傍の木の後ろから一人の女が姿を現した。
「うん、良い感じだね瑠璃」
「いつの間に落とし穴なんて作ってたの、緋翠(ひすい)」
「今日のトレーニング終了! さ、帰ろ」
スルーですか。
「それにしても、1年たってほんと強くなったよね」
「緋翠のおかげだよ。 毎日トレーニングに付き合ってくれてありがと」
「急に旅に出て、いきなり帰ってきたかと思えば『鍛えて欲しい』って......あれは驚いたわ」
緋翠の言葉に苦笑しながら、私は1年前の自分を思い出していた。魔王討伐隊の一員として闘い、色んな人と出会う中で、いつしか『もっと強くなりたい』と思うようになっていた私は、生まれ育った村で、友人の緋翠にトレーニングのコーチを頼んだ。突然のことに戸惑いながらも引き受けてくれた緋翠は、本当に良い友人だと思う。
私たちは幼い頃からの友人だから、お互いのことはよく分かっている。だからだろう、緋翠のトレーニングメニューが、私にとって辛いものばかりだったのは。
最初のうちは、家の庭で新しい魔法を覚えたりしていたが、ある程度覚えたら、近所の森で実践のような練習を始めたのだが......。
ある時は、魔法を使うなと言われ、森の中をひたすら緋翠の魔法から逃げ続けた。またある時は、魔法しか使うなと言われ、自慢の運動神経を封印された。運動神経の良さが長所のような私にとって、あれはだいぶ辛かったのを覚えている。
そんなことを緋翠と話しながら家に帰り、郵便受けを開けると、一通の真っ赤な封筒が入っていた。