ぼうずのすれ

436僥倖
2017-11-03 16:08:30
ID:FTFu03I.

>>424
同じように反論できますよ。
ドイツ語で書かれていようが日本語でかかれていようが、そこに書かれてる意味内容が同じならば、ドイツ語のAという主張にも日本語のAという主張にもBという同じ主張をたずさえて反論できます。
ドイツ語で書かれているから、もしくは日本語で書かれているからという表現の違いによって主張の論理性に違いが生じるわけでもありません。
ドイツ語で書かれていても日本語で書かれていても、そこに書かれているものが同じ意味内容であるなら論力は等しくあるはずです。
この理屈は今回の難解な表現、平易な表現という話にもそのまま援用できるわけであり、同じ意味内容を難解な表現で相手に伝えようが平易な表現で相手に伝えようが、そこに示される論理性は極めて等しいのです。

それと、私の例が不適切という旨の発言をされていますが、そうとは思えません。
私が示した例文には「誤謬」というやや聞き慣れない言葉を1つだけ織り交ぜただけであり、
確かに南雲が言うように難解で読みづらいとまではいきません。
しかしこれはあくまで程度の問題です。
私の例文は聞き慣れない単語を1つだけ挟んだものだったわけですが、これを2個3個4個・・・・と増やしていくと、
いつかは難解で読みづらい文章になるわけです。
私が例を用いて言わんとすることは、「同じ意味内容を書き記す時、難解か平易かということによって論理性は左右されない」ということです。
その意図を汲み取ってもらえれば、私の例にも理解が示せるのではないかと思います。

名前:

メール欄:

内容:


文字色

File: