規制されたので【最終章】

405佐藤5号
2018-10-23 02:14:31
ID:.0nt8SeI

>>399
その解釈に於ける「言葉」は「人生」に近い意味を持ってるな
人生から解脱することは自己からの脱却 (昇華) =自分ではない何かになること、つまり第三者になるといえる
そして第三者ならば自己ではなく他者
故に【人生に於いて脱却 (昇華) を果たす行為は他者満足と言える】と結ぶことが可能
そしてその解釈に於ける「言葉」が「人生」と=or≒ならば
【言葉に於いて昇華 (脱却) を果たす行為もまた他者満足と言ってもいい】ってところか

まあ俺の解釈的にはその定義なら究極的な自己満足とは他者満足であるって理屈は通る
文字面だけ追うと言ってることはやべーけど「究極的な」という前提が止揚を意味してるからそこまで無謀な論理でもないな

そして怖さに関しては、要は、他者に依存してるってことなんだろう
覆される恐怖もまた存在するだろうが、より根源的な恐怖とは「理解の断絶」にあると俺は思う
意思の疎通が可能になった瞬間から「理解」に毒されていると感じるね
理解がなければ評価はない
理解がなければ会話はない
理解がなければ交流はない
自分の主張が理解されないことに俺は怖さを覚えているから、であればもう十分に毒されているし他者に依存してると言えるな
主張が覆されるのも、覆されたことが理解できるならきっと恐怖は覚えないだろう、晴れやかに非を認めるだけ
しかし理解できない場合
まず「なにいってんだコイツ・・」という怯えによる強がりが精々、そこに他者がいてその他者が理解していたらより一層恐怖は深まるんじゃないか

他者との理解の断絶がより正確に表現した根源的な恐怖であり、端的に、恐怖とは他者に依存してると表現するのもまあアリだと思ってる

名前:

メール欄:

内容:


文字色

File: